ソロを夢見る日々(スチューデントパイロットの一日)

グライダーのフライトトレーニングを始めて、日常の生活に少し変化が起きた。それは、以前にも増して週末が楽しみになったこと。そして、周囲の誰よりも天気予報に敏感になったことである。2週続けて週末は雨だった。今週は晴れるだろうか……。

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土曜日の朝。天気は予報どおり晴れ。風もほとんどない。絶好のトレーニング日和だ。板倉滑空場に着くと、すでにクラブ員が何人か集まっている。

さっそく全員で協力して準備にとりかかる。河川敷脇の格納庫から必要な機材を出して、滑走路まで運ぶ作業だ。トレーニング用グライダーは常時組み立てた状態で格納庫に保管されている。それを車で運ぶのである。後ろ向きに車で引っ張られ、ゆっくりと土手を越えていくグライダー。その姿は普通の人の目には不思議に映るかもしれない。

グライダーを運び終えたら、飛行前点検を行う。機体に何か不具合はないか、各部を念入りにチェックする。曳航機やピストカー(バンを改造して作った司令塔のようなもの)、その他の準備がすべて整うと、全員が集まってブリーフィングを行い、フライトが始まる。まずは最初に飛ぶ人のお手伝いだ。曳航機とグライダーの間を結ぶ索を取り付け、翼端を保持する。


グライダーは普通の飛行機のような主脚を持たない。胴体の真ん中に大きなタイヤが1個と、後部に小さなタイヤが1個あるだけだ。止まっている間は左右どちらかに傾いて、主翼の端が地面に付いている。だから、曳航機に引かれて地上を滑走し、自立し始めるまでの間は人間が翼端を保持しなければならない。翼端を持って数メートルほど併走した後、手を離し、飛び去るグライダーを見送る。

グライダーが降りてきた。リトリーブ(回収)に向かう。動力のないグライダーは当然、着陸した場所から動けない。それを出発位置まで車で引っ張る作業である。出発位置に戻ると、いよいよ次は私が乗る番だ。後席に乗るインストラクターと今日のトレーニング課目などについて打ち合わせた後、コクピットに乗り込む。離陸前のチェックを済ませ、無線で曳航機に出発準備の完了を伝える。

「出発、シュッパーツ!」。曳航索がピンと張り、グライダーが動き始める。走り出せば機体は自立するが、その後も常に翼の傾きと機体の方向を修正しなければならない。滑走路の半分も走らないうちに、グライダーは浮き始める。重い曳航機はまだ滑走中だ。曳航機を吊り上げないように、地上すれすれの高度を維持する。しばらくすると曳航機も離陸し、グライダーはその後を追って上昇していく。

曳航機はゆるやかに旋回しながら高度を上げていく。水平飛行に移り、高度計の針が600m(2,000ft)を指した。離脱高度だ。リリースレバーを引いて曳航索を切り離し、右に旋回上昇する。役目を終えた曳航機が左旋回で下降していくのが見える。直線飛行に戻り、離脱高度をピストに連絡。さあ、これで自由の身だ。さっそく今日のトレーニング課目をこなす。自分では満足できた飛び方でも、ときどき後席のインストラクターからアドバイスを受ける。毎回のフライトがいい勉強になる。


高度が300mに下がってきたところで、そろそろ着陸の準備に移る。滑空場近くまで戻り、場周経路(着陸のための飛行パターン)に進入する。着陸前のチェックを行い、ピストに無線を入れる。「板倉フライトサービス、2412、Entering Down Wind」。第4旋回と呼ぶ最後の旋回を終え、滑走路と同軸線上に機体を乗せ、ダイブブレーキを使って降下角を調整しながら、着陸点めがけて降下を続ける。地面が近づく。徐々に機体を引き起こす。ゴンッ。軽い衝撃とともに車輪が接地する。

着陸後、インストラクターから今のフライトについてアドバイスを受ける。インストラクターといっても別に怖い存在ではない。みんな同じクラブのメンバーで、ボランティアで教えてくれている。着陸したグライダーはリトリーブに来てくれた車に引かれて、出発位置に戻る。

1回のフライトで実際に空を飛んでいる時間は、20分にも満たないことが多い。だが、地上で次の順番待ちをしている間も、仲間の手伝いや、フライト談義で時間はあっというまにすぎていく。合間を見て、気持ちいい日差しの下(夏は日陰で涼を取りながら、冬は冷たい北風に吹かれながら……)、お弁当を食べる。


今日のフライトは計3回。決して一足飛びの進歩とはいえないものの、最初はあれほど心配したグライダーの操縦も、今では回を重ねるごとに着実に自分のものになっていくように感じる。

気がつけば、もう夕暮れどきである。日没時間も迫ってきた。最後のフライトが終わると、撤収作業に入る。各自が手分けして、グライダーや曳航機を引っ張って格納庫に向かう。比較的広い格納庫だが、組み立てた状態のグライダー数機と曳航機が入るには、ちと狭い。翼端を上げたり下げたり、いろんな向きや角度で機体をしまう作業は、まるでパズルだ。


クラブハウスでフライト料金の精算を済ませ、フライトログブック(飛行記録簿)に飛行時間等を記入し、インストラクターにサインをもらう。ログブックには自分のこれまでの飛行経歴がすべて記録されている。フライト回数は40回を超えた。あと何回飛べばソロ(単独飛行)に出られるだろうか? そんなことを考えながら、冷えたビールを飲む。

クラブハウスの冷蔵庫にはいつもギンギンに冷えたビールが詰まっている(もちろんタダではないが)。そして、気が向けばインストラクターがツマミを作ってくれたりする。ああ、これだから板倉通いはやめられない……。