モーターグライダーな一日

「ちょっと、大利根でコーヒーを飲んできます」
ピストにそう言い残すと、既にランナップを済ませてあったモーターグライダー<Super Dimona HK36TTC>のコクピットに乗り込む。キャノピーを閉め、ヘッドセットをかぶり、メインスイッチオン。
「クリア・プロップ !!」イグニッションキーを回すとすぐにエンジンが目覚め、心地よいビートを刻み始めた。

モーターグライダーは、空気の動きをつかまえて飛ぶグライダーに、小さなエンジンを組み合わせて作り出されたグライダーだ。グライダーほどの滑翔性能はないものの、エンジンにより上昇気流の少ない日でも飛べるため、当初はグライダーの空中感覚に慣れるための初級トレーニングに主に使われてきた。しかし今では、空力性能の向上やコンパクトな高出力エンジンの開発により、下手な軽飛行機よりも速い巡航性能、航続距離を持つものもあり、手軽に自分の手で空を飛ぶ楽しみを教えてくれる乗り物に成長している。

ターボエンジンを装備した機体は曳航機としても使用されるが、曳航のない時間帯には動力飛行に興味を持つ人たちの練習フライトはもちろん、男体山、浅間山や蔵王、大島等への遊覧フライトや、モーターグライダー仲間の多い茨城県の大利根飛行場へ遊びに行ったりと、自由で気ままな空の旅に利用されている。

滑走路まで進むとトランスポンダーをオンに切り替えフルスロットル。ターボエンジンの加速は素晴らしく、短い滑走距離でエアボーンするとそのままぐいぐいと上昇していく。藤岡の市街地を避け、左手にハート型の渡良瀬遊水池を見下ろしながら、古河上空でVFRフライトをサポートしてくれる管制機関のAEISにコンタクトし、フライトプランどおりに離陸したことを伝えた。

モーターグライダーも旅客機と同じ航空機。管制機関と交信をしたり、時にはレーダーによる誘導を受ける。VOR(無線航法装置)の周波数をコースの中間にある関宿VORにセットして飛行コースを確認しながら、のどかな田園風景の広がる関東平野を高度2000ft(約600m)、100kt(時速185km/h)で巡航する。新宿まで高層ビルを見物に行ったり、海ホタルを見に行くのも楽しいが、人の営みが見えるような都市近郊の景色も素敵だと思う。晴天の関東の空からは相模湾から丹沢の山々を従えた富士山が鮮やかに見渡せる。日常を離れた自由な空からの眺めは、小さく見える下界の中で、日々の生活に埋もれてしまいがちなちっぽけな自分をも、改めて見直させてくれるような気がする。

関宿VORを過ぎると間もなく自衛隊下総基地に近づく。さまざまな目的で飛んでいるヘリコプターや他の機体の集まる空域に差し掛かる。無線機の周波数を下総タワーに合わせ操縦カンのトークスイッチを押す。
「下総タワー、モーターグライダー2845」
すぐに応答が返ってくる
「2845、下総タワー、ゴーアヘッド」
「2845、5miles North West 守谷VOR、2000、Proceed 守谷VOR、Request Traffic Information」
自機の位置、高度、進行方向を伝えて他の機体がいないかどうかの情報を求めるのだ。

「No Traffic on North side、QNH3006」
どうやら飛ぼうとしている空域には他の機体は飛んでいないようだ。

取手のビール工場を右下に、利根川が大きく蛇行しているのが見えてくれば大利根まであと少し。下総タワーから大利根フライトサービスに周波数を切り替える。
「大利根フライトサービス、モーターグライダー2845、5 Miles West、Inbound for Landing、Request Landing Information」
大利根からは歓迎のボイス
「2845、大利根フライトサービス、Using Runway07、2 Motor Glider Making Touch & Go、ようこそ大利根へ」

大利根飛行場は利根川の河川敷に600mの舗装滑走路を持ち、飛行機、モーターグライダーやグライダーが集まって飛んでいる。新しいログハウス形式のクラブハウスで本格的なドリップコーヒーをご馳走になり、ひとしきりグライダーの話をする。たまにはこんな風によそのクラブを訪ねるのもいい。どこのクラブにも同じ空を愛する仲間達がいて、暖かく迎えてくれる。モーターグライダーは行きたいところへ気軽に飛んで行ける自由な翼として、今ではなくてはならないもの。これからもいろんな空港に行って、空の仲間達からいろんな空の楽しみについて見聞を深めて行きたいと思う。

コクピットに乗り込みエンジンをスタートして滑走路へ向かう。
「大利根フライトサービス、2845、Take Off Runway07」
離陸して龍ヶ崎上空からダイレクトにみんなの待つ板倉へと向かう。
「大利根フライトサービス、2845、Over龍ヶ崎、3000ft、Leaving Your Frequency」
大利根からお見送りの返答があった。
「2845、Have a Good Flight !」