これまで少なからず生きてきて、こんなに嬉しいことは未だかつてなかった、そう断言できる。パイロットにとって、ファーストソロは格別だ。
むこうみずな私は、フライトを40回ほど数える頃から、ソロに出られる日を心待ちにしていた。私の技量はもちろんのこと、当日の天候やインストラクターの数(当クラブではインストラクター2名の許可が同日に必要)、フライトの順番待ちなど、様々な理由が私の人生初のソロフライトを先延ばしにしていた。
そして今日も陽は既に西へ傾いている。着陸後の機体をインストラクターと共に離陸帯へ運びつつ、「もう、ソロ大丈夫なんだけど、今日は僕1人しかいないからね。」とインストラクター。分かってはいたものの、やはり寂しい気がした。
ピストに戻ると、なんと今日はいないはずのインストラクターの姿が見える。これはチャンス! ランウェイで次のフライトの準備をしていると、案の定、そのインストラクターが機体へ向かって歩いてきた。ここは是非とも「いいところ」を見せなければならない。プリフライトチェックもゆっくり声に出しながら丁寧に行い、離陸後も安全確認の声が曳航機の音にかき消されないよう大きな声を出したり、機体を滑らさないよう慎重に旋回したり、自分なりに後席へ向かって精一杯のアピールはしたものの、視程が悪くなり始めたので、今日も絶対ソロには出してもらえないだろうとガッカリしていた。
ところが、今のフライトが今日のラストフライトのはずなのに、いっこうに撤収の兆しが見えない。それどころか、クラブの仲間のひとりが無言で練習機を離陸帯まで戻そうとする。これは「もしや?」でも「まさか・・」と、期待に胸を膨らませながら翼端を持ってピストの前を通り過ぎようとすると、「ほら、みんなに手を振って!」とにこやかな顔で私は促された。「ウソッ?!」と思いながら遠慮がちに手を振ると、ピストに集まった仲間たちが笑顔で大きく手を振り返してくれた。私の期待はそこで確信に変わった。
自分でソロを意識するようになって以来、本当にひとりで飛んで良いと言われたらどんな気持ちになるのかずっと考えてきた。でも今は、ただただ「ヤッター!!!」という感じ。怖さは微塵も感じていない。
満面の笑顔で機体に乗り込むと、離陸の準備を手伝いに来てくれた仲間が、
「絶対滑って旋回しないように。」といつになく真剣な顔で一言。
「ずっと無線持って下で見てるから。もし何かあっても下からちゃんと指示するから、黙ってそのとおりにすれば大丈夫だから。」と、これまで私のフライトに一番多く乗ってくれたインストラクターが諭すように言った。それでも、嬉しくて、舞い上がって、にやけた顔がもどらない私に、
「喜ぶのは帰ってきてから!」という声が飛ぶ。
キャノピーを閉め、曳航機に無線で「準備よし。」と言った瞬間から一層ワクワクして、嬉しくて、文字どおり、天にも昇る心地がする。本当のところ、これまでずっと想像してきた。もし望みどおりソロフライトを許可されたとして、もしかして、ひとりで乗り込んでキャノピーを閉めたら不安になるのか、「準備よし。」や「出発、出発。」と告げた瞬間にものすごく怖くなるのか、それどころか、離陸して曳航機に追従し始めたら急にパニックになったりするのか、上空で切り離したらどうなるのか、着陸は・・。
曳航機と共に地上滑走を始め、実際にフワリと浮いて離陸した瞬間、これまでに感じたことのない機体の軽さを感じ、ひとりで飛ぶ感覚の違いにまず驚いた。恐らくこれまでのフライトで一番冷静に無駄なく曳航機に追従し、離脱したら、もう叫びたいほど嬉しくて、思わず無線で「爽快ですーっ!」と叫んでしまった。
離脱してから後、夕刻の穏やかな大気の中それほど強い沈下もなく、そのままずっと真っ直ぐ飛び、下で見守ってくれている仲間たちを驚かすことの無いよう良い子のフライトをし、インストラクターの教えを守って、ダウンウインドの目標となるNTTのタワー上空300メートル付近から着陸態勢に入る。
第3旋回も第4旋回も何度も何度もスピードやパス角を確認し、ファイナルでは軸線をしっかり合わせて、いよいよ着陸だ。ギャラリーのみなさんが納得できるような着地ではなかったと思うが、ひとまずは機体を壊すことなく、無事帰還することが出来た。
着陸後、カメラを手に走ってくる仲間たちが見えた。「夢じゃないんだよね、これ!」と、これまでの人生で最高の瞬間を噛みしめる。そして、初めてグライダーに乗った日から今日までの記憶が走馬灯のように甦ってきた。これまで、不出来でせっかちで短気な、私のような問題児に根気よく教えてくれたインストラクターのみなさん、ビール片手にフライト後の飛行機談義に花を咲かせるクラブの仲間たち、今日の私の初ソロで緩やかに旋回してくれた曳航パイロット、いろいろなアドバイスをくれたベテランパイロットのみなさん、そして、今日地上でずっと私を見守ってくれた仲間たち! 私は今日、一生もののすばらしい思い出を作ることが出来た。本当に、本当に、ありがとう!
パイロットにとって、ファーストソロは格別なものだ。それをかつて自分が経験したからこそ、仲間の初ソロは常に自分のことのように嬉しい。すばらしい経験を共有できる仲間ってステキだ。私はグライダーを始めて本当によかったと思う。そして、板倉を選んで良かったと思う。